ニュースリリース
News release2024年9月、沿岸海洋生物資源回復のための新しいソリューション「潮だまりメソッド構想」を発表
今年4月に立ち上がった一般財団法人 潮だまり財団(東京都渋谷区、代表理事:川口晋、以下、潮だまり財団)は、2024年9月19日(木)、東京都内で会見した。潮だまり財団の設立経緯を説明するとともに、巨大な潮だまりを人工的につくり、沿岸海洋生物資源を回復させる方法論を研究・開発してモニタリングを継続する、新しいソリューション「潮だまりメソッド構想」を発表した。同日、構想を推進させるため、研究者20名に助成金を交付するとして、採択者を代表して2名への授与式も行った。
財団設立の狙いは、漁業資源や観光資源の確保、二酸化炭素吸着(ブルーカーボン)、生物多様性の保全などに貢献すること。将来的には東南アジアなどへの技術輸出も視野に入れた社会実装に第一歩を踏み出した。同財団では、川口晋理事長のもと、科学人材の育成などを手掛ける株式会社リバネス(東京都新宿区)篠澤裕介執行役員、水槽内に海洋環境を再現する環境移送により各種研究活動などを展開する株式会社イノカ(東京都文京区)高倉葉太CEOが理事を務める。
2024年9月、沿岸海洋課題解決に向けた「潮だまりメソッド構想」を発表。
“人と地球を愛し、慈しみ、誠実であること”という財団理念の下、コアバリューとして“普遍的価値の追求とその実践”を目指す潮だまり財団の川口理事長は、人間活動が及ぼす影響を再認識し、日本を含め世界で進行する海洋生態系の危機、特に漁業資源の減少に対する具体的かつスピード感のあるアプローチを行うため「潮だまりメソッド」の確立に努めていくとビジョンを発表し、活動スローガンとして掲げる「Hug the Ocean」に込めた想いも語った。
財団が発表した「潮だまりメソッド構想」は、人工的に潮だまりの環境を立ち上げること。遠浅の海に海岸線を沿うよう、横幅数百メートルの巨大な潮だまりを人工的につくり沿岸海洋生物資源を回復させる方法論を研究・開発し、モニタリングを継続するシステムの構想であり、これまでにない新しいソリューションである。
ポイントは「半閉鎖的水域」をつくり出し、藻場の「柱状礁」を設置すること。満潮時、海水につかる程度の高さの壁「人工リーフ」と、両脇に別の壁「サイドウォール」をつくることで海水をコの字型に囲いこむような構造となり「半閉鎖的水域」が生まれる。構造の内側は波や流れから守られ、内側に穏やかな環境が創出される。ここでは海水や栄養分が留まりやすくなる。構造内部には3メートル間隔で多数の柱を配置し、縦方向に伸びた柱の表面で藻場を育てる。この「柱状礁」は、文字通り柱状の構造であるため、海底浮泥の影響を受けず、光合成に必要な光を海面近くの藻まで届けることができる。この巨大な人口潮だまりによって、海藻の育成や魚類の生息環境が整備され、多様な海洋生物の生息地を形成する環境が生み出される。 「潮だまりメソッド構想」がうまく機能すれば、藻場をすみかとする生物、それを食す生物が集まり、漁業資源の回復が見込まれる。高度経済成長とともに人為的に破壊された沿岸環境を修繕する技術にもなり得る。また単なる技術的なアプローチに留まらず、社会や地域との連携を含めた包括的な沿岸海洋生態系回復システムとしての発展も期待される。社会実装のためには、多くの研究者や企業、地域コミュニティの協力が不可欠であること、また潮だまり財団としてその活動を支援していく姿勢を強調した。
高い志と新しい発想で自由な挑戦ができるように、研究者を募る。研究助成の採択者を代表して2名に「潮だまり財団賞」授与。
現状の沿岸海洋生態系の危機に対応するには、多様な研究者の協力と科学的知見を結集する必要があるとの考えから、潮だまり財団の篠澤理事は、初期段階である「潮だまりメソッド構想」を今後多くの研究者の協力を得て、より効果的な手法にアップデートすることを計画している旨を説明した。潮だまり財団は、実際にどのような環境条件下であれば生物種を育むことができ、その費用対効果はいかほどであるのか科学者らに研究を促すべく研究助成を開始。今夏、沿岸海洋生物資源の回復をテーマに候補を募り、全国から沿岸生態系に係るさまざまな研究アイデアの応募があった。1件あたり50万円が提供される初の研究助成は、20名が選ばれる大規模採択となった。「潮だまりメソッド」の発表同日、研究採択者を代表する2名に対し「潮だまり財団賞」の授与式が行なわれ、今後、採択者らとともに「潮だまりメソッド」の追求と考察を深めていく方針が述べられた。
沿岸で漁獲される軟骨魚類の未利用臓器から抗体取得。医薬品への活用期待。
採択者の吉澤氏は、軟骨魚類の未利用臓器を活用した抗原特異抗体の取得について発表。軟骨魚類が持つ特別な抗体に注目し、これまで未利用だった臓器から新たな抗体を取得することで、病原体への新しいアプローチを生み出す可能性を示した。軟骨魚類の抗体は低分子でありながら、高い安定性を持つという特徴があり、そのため、発展途上国などの低温環境が維持できない地域でも保存が可能であることから、医薬品としての活用が期待される。吉澤氏は、沿岸で漁獲される軟骨魚類の肝臓や膵臓などから抗体を取得することで、これまで市場価値が低かった部位に新たな価値を創出し、軟骨魚類の有効利用を進める意気込みを示した。
研究採択者 吉澤 聡一朗 氏
東京海洋大学 海洋生命資源科学専攻 修士2年
沿岸部開発等がマングローブの減少要因。効果的な育苗技術の確立急務として研究を進める。
採択者の松岡氏は、土地面積が狭く、資源が限られている太平洋島嶼国のマングローブ減少要因を沿岸部での開発や炭鉱活動が盛んであることによるものと指摘。マングローブ再生のために行われている現地取り組みは、植えた苗の定着率の低さが課題となっていることから、効果的な育苗方法の確立が急務であると述べた。松岡氏の研究では、現地のNGOと協働し、土壌の成分や水やりの頻度などさまざまな条件を組み合わせて最適な育苗方法を明らかにするための実験を行っている。今年3~6月にかけて行った試験結果に基づき、育苗技術の改善を進めている状況を報告し、最終的には地域に適した育苗技術を確立。広く普及させることでマングローブの再生を促進していく展望を語った。
研究採択者 松岡 怜 氏
東京大学大学院 農学生命科学研究科生圏システム学専攻 修士2年
「稼ぎ」ではなく次世代につながる、いい「仕事」をする。社会実装には発想の切り替えが必要。
潮だまり財団の新たな取り組み、沿岸部の生態系を支えるアマモの生育条件特定研究。
海藻(草)類を食べる生き物にとって重要な餌場になるだけでなく、さまざまな生物の生息場・産卵場・保育場になることから「海のゆりかご」とも呼ばれる藻場だが、著しく消滅する「磯焼け」という課題に直面している。瀬戸内海を例にすると1960年度から1989〜90年度までにアマモ場の面積は約7割が消失したと報告されている。
藻場研究を加速するため、潮だまり財団の高倉理事は、沿岸部の生態系を支えるアマモの生育条件を特定する基礎研究の開始を発表した。
藻場は生物多様性の宝庫であり、その保全は漁業資源の持続的な利用にも直結するとして、和歌山工業高等専門学校 生物応用科学科の楠部真崇教授から学術的な課題が語られた。同時に沿岸生態系が抱える複雑な問題に対して、「潮だまりメソッド構想」が多様な研究視点からアプローチしていく必要があり、研究成果をどのように現場に還元していくかが鍵になると述べた。
また楠部教授は「ある方との面談に際し非常に為になる話を耳にした。曰く、その日の飯のタネを作る行動の“稼ぎ”に対比して“仕事”があり“仕事”とは次世代につながる行為であるという。潮だまり財団がやろうとしていることは正にこの“仕事”。我々研究者も自分たちの世代だけでなく次世代に残るようないい“仕事”を進めていきたい」と活動の意義を強調した。
潮だまり財団は、「潮だまりメソッド構想」が研究・実用化されていくよう、研究者らへの助成金交付を進めるとともに、沿岸部の環境再生に向け、例えば衰退した漁場の回復に向けた活動として、地域の漁業者や市民に、藻場の柱状礁の設置など具体的なアクションプランを提案し、実証実験を進めていく必要がある。さらに得られたデータや研究成果を地域コミュニティや関連業界と共有し、「潮だまりメソッド構想」をより効果的なものにブラッシュアップしていくことも求められる。将来的には、藻場だけでなく、サンゴ礁や貝類などの育成にも応用され、漁業資源や観光資源の確保、二酸化炭素吸着(ブルーカーボン)、生物多様性の保全などに貢献することを目指し、東南アジアなどへの技術輸出も視野に入れ、ビジョンの実現に努めていく。